2008年5・6月合併号

「特攻の島」



回天(かいてん)とは、人間が魚雷に乗って直接操舵し、敵艦に体当たりして敵艦を沈めるという兵器。第二次世界大戦中、大日本帝国海軍で特攻兵器として用いられた。人間魚雷、的(てき)、〇六(マルロク)との別称もある。「回天」という名は、「天を回らし、戦局を逆転させる」という願いを込めて名づけられた。出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

僕が「人間魚雷」という言葉を初めて聞いたのは小学生の頃だったか。その当時は言葉として聞いただけでそれがどういうものなのかそれ以上調べようとか見たいとかも思わなかった。
しかし数年前、この漫画(「特攻の島」 佐藤秀峰著 芳文社刊)を読んでから気持ちが激変しました。
「・・・回天というものをもっと知りたい、見てみたい・・・その世界・気持ちにもっと触れてみたい」

ここから僕と回天との関わりがスタートしたわけです。





靖国神社へ

さすがに平日だったから人少ない・・・

と思ったら、李登輝総統が来てた

まずは靖国神社へ。ここには「回天一型」が展示してあります。この神社は前にもコラム2005年1月号
「新年一般参賀と國神社」で語りましたが、他の神社とは一線を画した独特の雰囲気があります。(詳しくは2005年1月号「新年一般参賀と國神社」をご覧ください)


ここが遊就館です

日本のあらゆる戦史・兵器・慰霊碑がある

特攻兵器「櫻花」

日本のこれまでの戦史を見進めていくと展示場に異様な物体が出現します。・・・それが「回天」です。


回天一型

あまりの迫力に圧倒された










回天のことをコラムで語りたい!と思ったものの、実物を見に行ったのが靖国神社だけではなんとも片手落ち。どうしてもタイトルの通り、その「特攻の島」に行かなくては納得出来なくなりました。

場所は山口県周南市(旧、徳山市)大津島。船で渡ります。


徳山駅前

ここに乗り場があります

その横に回天レプリカ

船着場に行くと「大津島のりば(回天基地)とあります。そして横にも回天!(これはレプリカです)


映画のロケで使用したものか?

回天を運ぶトロッコ

街中で回天が見られるとは!

うーむ、街中に回天を設置しているとは・・・市の回天への思いを感じさせます。2006年秋に公開された、
「出口のない海」(市川海老蔵主演・松竹配給)もあったせいでしょうか。

「出口のない海」ストーリー
甲子園の優勝投手・並木浩二は、大学進学後に肩を痛めて自慢の速球が投げられなくなり、「魔球」と名付けた新しい変化球の完成に復活をかける。
しかし、太平洋戦争勃発。並木をとりまく状況は日ごとに激しさを増していく。愛する家族や友、そして恋人と別れて海軍に志願する並木。そこには彼と同じく、大切な人たちを守るために戦うことを決意した若者たちがいた。

日本の敗戦が日に日に濃厚になっていくなか、海軍は“回天”を開発する。脱出装置のない定員1名の回天に乗って敵艦に激突するというこの究極の任務につくことを、並木を始め多くの若者たちが自ら望むのだった。
けれども彼らの胸に迷いや怒り、悲しみが微塵もないわけではない。若者たちを乗せた潜水艦は海へと潜り、そして遂に出撃の時が訪れる……。


船券販売所

「出口のない海」のポスター

これに乗って行きます。「鼓海U」

「出口のない海」は僕もこの大津島に行く数ヶ月前にレンタルで見ましたが、大津島自体はラストの方に少ししか出て来ません。物語の舞台はほとんどが山口県光基地でのお話なので。

僕の感想としては回天戦に赴く隊員たちの潜水艦内での心の葛藤、さっきまで一緒に笑い合ってた戦友が発進して次の瞬間には敵艦に命中、「火柱」となって命を散らしてこの世にはもういない。
そして自分の番が回ってくる。テンションが最高潮になっているところに回天の故障で発進出来ず、その生き残ってしまった悔しさや逝った仲間への申し訳なさ、生き延びられた安堵感などが入り混じって頭の中が混乱発狂状態になる様がかなりリアルだったのではないかと。

でも本当にこの映画で描きたかったものはほんの60年前に、そんなどこにでもいる若い青年たちが日本を守るために命を捨てて戦ったという事実を今の若い人たちにも知ってもらいたいということだと思います。取っ掛かりはほんの興味本位でもいいから。


大津島が見えてきた。かつての人々もこんな感じだったろうか。







大津島に到着

馬島港から歩いてすぐです

ここは元は魚雷の実験場でした

大津島馬島港に到着。回天の遺跡にはここから歩いて十分行けそうです。



まずトンネルへ

・・・だそうです

一応整備はされている

トンネルにはこのように当時の写真が飾られている(合計7枚だけど1枚撮ってない)


魚雷発射場跡

ここが訓練場です

釣りをする人らも来る

トンネルを抜けました。すると訓練場跡が。潮の匂いと血の匂い・・・いや、釣りをしているおっさんの匂い(笑)(ここで釣りしててもいいんだ?)
ここから発進してたんだね・・・当時の気持ちに少しでも近づこうとしてみます。


休憩所「養浩館」にも色々展示

扇風機がなんとも言えず・・・

ワンカップ回天を買いました

これから「回天記念館」に向かうのだけど、その途中に休憩所「養浩館」があるので入ってみる。当時の写真などがいっぱい貼ってあります。写真集や、お酒もありました。僕は一応ワンカップ回天を買いましたが飲まずに家に大事に取ってあります。










回天記念館 参道の両脇に戦没者の名を刻んだ烈士石碑が並んでいる

回天碑

建物の横にも回天(これもレプリカ)

「回天記念館」に到着しました。その参道はとても荘厳な雰囲気。外にも回天やそのエンジンが飾ってあります。海に向かった回天がなんともいえず・・・今でも海を見ているんだな・・・と。


中に入るとこんなのあった

確かに狭い(中には入れません)

操縦の仕方が憶えられそうにないな・・・

仁科関夫中尉の遺書

鉢巻

気のいい若者たちだったことが偲ばれる

回天搭乗員達の遺書、遺品などを見ているうちに漫画「特攻の島」の主人公との意識・気持ちの違いに気がついて来ました。

かつての回天隊員の生存者の手記などを見ていても「お国のため、愛する家族のため、自分の命でそれが助かるなら・・・」という気持ちで挑んだのは理解出来ますし、自分だってその場におかれたらそうするでしょう。でも主人公は必ずしもそうではない。



主人公はかつて故郷では近隣の人達から訳もなく虐げられてきた家族の一人なのですよ。「お国のため」という意識がほとんど無い。「家族のため」という気持ちもかなり薄い。虐げられる状況からある意味「逃げ出す」という意味合いもあって予科練に志願したという経緯があります。やはり漫画としては現代の若者により近い意識を持ったキャラクターを主人公に据えた方が理解し易いのだろうか・・・これ以上は実際漫画を読んでいただくということで。(笑)


読んでみたい方はどうぞ。(楽天にリンク)

回天の搭乗員に比べて、自分はどうだったろう・・・本当に命を燃やせたろうか、それとも燃やすのはこれからなのか・・・何か社会のために出来たか?家族のためにやったか?そんな自問自答を繰り返しつつ、大津島を後にしました。「誰かがやるだろう」じゃなくて「自分がやるんだ」という気持ちでこれから歩んでいきたいと思います。


この映像もご覧ください(「START」をクリック)


今の日本は彼らが守った理想の国になっているだろうか?